新しいパラダイムは生まれるか?

かつて、古典物理学においてニュートンの運動方程式は、不動の地位を誇っていました。しかし、相対性理論や量子力学といった近代物理学の出現によって、その万能性は崩されてしまいました。同じようなことが、アルツハイマー病研究において起きないとは限りません。

私は大学時代に生物物理学を勉強していました。アルツハイマー病研究に関係ないように見えますが、実は大いに役に立っています。1990年代、多くの研究者はアミロイド(Aβ)がどのように作られるか(産生)について研究していました。一方、分解についてはほとんど研究されていませんでした。物質の定常量が産生と分解のバランスで決まるという物理学では当たり前の概念が浸透していなかったわけです。私達はアミロイド(Aβ)分解の解明に全力を挙げ、世界で初めて分解酵素を特定しました。ある種のパラダイムシフトだったと思います。この発見は、必ずアルツハイマー病の予防に発展します。

さて、アルツハイマー病研究者を悩ませていることの一つが、混合型認知症の存在です。一番多いのは、血管性認知症との混合型です。レビー小体型認知症との混合型もあります。これらに関する論文はありますが、病理を記述するだけで、病因論的解明には至っていません。何故でしょうか?私は、若かりし頃、神経病理学の権威John Trojanowski (米国Pennsylvania大学)に質問したことがあります。「混合型は症例によってパターンが異なるため、統一的原理を見いだすことが難しい。最優先事項は、基本的なアルツハイマー病の因果関係とメカニズムの関係を明らかにすることなので、純粋にアルツハイマー病の神経病理を有する症例のみを選択して対象にするしかない。」との答えでした。Johnは臨床系の研究者ですが、きわめて科学的・合理的な考え方です。混合型は、純粋なアルツハイマー病が解明されてから取り組めばよいと思います。また、血管性認知症については、原因も予防法もかなり分かっています。基本的には、血管の老化を防げばよいのです。詳細は他稿にゆずります。

数学に近く演繹的な物理学と違って、生命科学は多分に帰納的です。莫大な情報を集積し、論理的に組み直して、原理に近づこうとします。家族性遺伝子が多数同定されて表現型が確定し、家族性アルツハイマー病と孤発性アルツハイマー病の臨床像と病理像が酷似し、孤発性アルツハイマー病と正常老化を予防する変異がAPP遺伝子に同定されたことから、アミロイド(Aβ)仮説は基本的に間違いないと思います。

今、最大の課題は「アミロイド(Aβ)が蓄積すると、何故タウが蓄積して、神経変性が生じるのか?」ということが分からない点です。ヒト脳で、アミロイド(Aβ)蓄積→タウ蓄積に要する時間は10年程度とされています。マウスは長くても3年ほどしか生きませんし、そもそも、10年も待っているわけにはゆきません。科学的・合理的にこの時間を短縮する必要があります。

多くの研究者が、神経炎症に注目しています。神経炎症とは、アストロサイトやミクログリアが活性化されて、酸化ストレス等による細胞障害性を発揮することです。活性化したアストロサイトやミクログリアはアミロイド(Aβ)を分解する”善玉”の作用もあります。さらに、ミクログリアには複数の種類があるため、神経炎症の研究は大変複雑です。一つ一つ謎を解いてゆくしかありません。ALSでは、アストロサイトが未知の毒性因子を放出し、運動神経を変性させることが報告されています。何かヒントがあるような気がします。

オリジナルホームページへ

large_web

Galaxies from HUBBLESITE (http://hubblesite.org/)